脳内出血の特異日
気象が病気の誘引になることがあります。寒い時は風邪や肺炎になりやすく、熱いときは熱中症になりやすいのは当然ですが、脳卒中に関しても気象が発症率に影響することがあります。以前から脳神経外科の間では、気温が急激に下がると脳卒中が多いと言われてきましたが、詳しく調べた論文はそれほど多くはありません。
平成11年~16年まで私が勤務していた寺岡記念病院では、福山市西部の脳卒中患者は全て寺岡記念病院に搬送されるという地域性を利用して、気象、暦と脳出血の発症に関して統計解析し、気温が低い日、気圧が高い日、北西の風の日、潮位が低い日には脳出血が多く、台風が接近している日、六曜の忌避日(仏滅、友引)で脳出血は少ない傾向があること等を発表しました。
Journal of Stroke and Cerebrovascular Diseases
full text(JSCVD 2007)
International Journal of Biometeorology
full text(IJBM 2008)
ここでは講演会で発表した内容を紹介します。


高血圧性脳内出血発症の特異日

皆さんは脳内出血は冬場に多いということを聞いたことがあるかもしれません。脳神経外科医をしてますと脳内出血発症の多い日=特異日があるように感じられてなりません。
ちなみに特異日は英語でsingularity(風変わりな日、特異な日という意味)といい、元来気象用語で1年の中で特定の日に特定の気象が高い確率で現れる現象もしくは日のことを言います。
有名な気象の特異日は、
2月17日頃は雪が降りやすい(私立高校大学の入試日となることが多い)、
旧暦3月15日の梅若の涙雨(謡曲隅田川に登場する梅若丸は京都の貴族の子で人買いにさらわれ奥羽に下る途中隅田川で病死した命日の3月15日:新暦の4月15日に雨が降るとされ、東京の雨天率37%、菜種梅雨に一致します)、
5月2日八十八夜の別れ霜、
6月11日の入梅、
旧暦5月28日虎が雨(新暦で6月下旬から7月上旬、曾我兄弟の兄曾我十朗祐成(すけなり)が父の敵、工藤祐経(すけつね)を討った後源頼朝の配下の武士に討たれた日で、愛人の虎御前の涙雨が降るとされます)、
二百十日(立春より数えて210日後9月1〜2日頃)、二百二十日(同9月11〜12日頃)には台風が多いと言われています。
11月3日文化の日は秋晴れが多いとされます(晴天率は66%(東京))。
ただし特異日といえども100%そうなるわけではなく、1938年の中央気象台(現在の気象庁の前身)の初めての運動会は、11月3日文化の日に行うことになり、中央気象台の天気予報は晴れでしたが、実際は大雨になり中止になったようです。

わたしは脳内出血発症率が高い気象上もしくは暦上の日を脳内出血発症特異日と定義し、疫学研究を行いました。脳内出血発症の特異日があるのならそういった日に脳内出血にならないような対策をとれるのではないかと考えられるからです。広島県福山市の寺岡記念病院は、背景人口は約10万人で、周囲の病院には神経内科医、脳神経外科医がおらず、病診連携がしっかりした地域のため、入院が必要な脳内出血患者はほぼ全て寺岡記念病院へ搬送されてくるので脳出血の全数調査をするには最適です。対象期間は平成13年1月から平成15年12月までの3年間延べ1095日間で、その間の脳内出血患者数は164人でした。
気象は気圧、最高・最低気温、最高潮位、降水量、平均湿度、風速、風向、天気などを調べました。台風接近日(福山市から2000Km以内に台風がみられる日)と脳出血発症の関係も調べました。暦は、月、月齢、四季、六曜、曜日、国民の祝日、潮名などを調べました。
結果ですが、脳内出血が多かった日は、
①発症日3日前の平均気圧が年平均の1015.3hPaを上回った日、つまり3日間高気圧が続いた日の翌日、
②祝日(日本の祝日は寒いときが多いこと、また祝日には行事が多いことなどが影響していると考えました)であり、
逆に脳内出血が少なかった日は、
③台風接近日(これは気圧が低く気温高い日が多いほか台風接近日はあまり外出しないことも影響していると考えました)、
④六曜でいえば意外なことに仏滅、友引といった忌み日は脳内出血が少ないという結果でした。こうした忌み日は特に高齢者は行事を避け、自宅などで安静にしていることが多いからかもしれません。福山市の結婚式場にアンケート調査をしましたが仏滅の日の結婚式は3年間で0件とのことでした。福山市役所によると友引の日には火葬場がしまっており、葬儀自体が行われないとのことでした。
このように、脳内出血発症には以前からの印象の通り、特異日があると考えられました。脳内出血特異日にはとくに過去に脳卒中の既往がある方は運動制限をしたり安静をとったりすることが大事ではないかと考えます。
今回の内容の一部は、上総脳卒中予防研究会(2006年2月9日)、日本脳神経外科学会総会(2007年10月4日)等で発表しました。

現在、その後の12年間のデータを集めて、温暖化の影響や高齢化の影響などについても調べています。現在データをまとめて、日本脳ドック学会総会や脳卒中学会総会で結果の一部を発表しています。すべての解析結果がでたらこのホームページでもご報告いたします。