ご高齢の方が、軽く頭をこつんとぶつけた後、1か月ぐらいたってから認知障害が出ることがあります。これは慢性硬膜下血腫という病気(正確にいえば頭の外傷のひとつ)が原因です。ほかの認知症は良くならないことが多いのですが、この病気は手術で治すことができます。東京厚生年金病院(現JCHO東京新宿医療センター)に勤務していたとき、手術中に入れる血腫ドレナージチューブの先端を前方に留置した方が空気の残存が少なく再発率が低いこと、また慢性硬膜下血腫は均質期、内膜肥厚期、鏡面形成期、隔壁形成期の4過程をへて治癒することがわかり、英語論文で発表しました。
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full textLinkIcon(JNS 2001)
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その内容を看護師さん向けの雑誌に書いたものを用意しましたので、興味がある方はぜひご覧になってください
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慢性硬膜下血腫~穿頭ドレナージ術
慢性硬膜下血腫に対する手術で最もひろく行われ安全性が高いのは、穿頭ドレナージ術です。正確には、穿頭・血腫洗浄・ドレナージ術といいます。頭蓋骨に穴をあけ(穿頭術)、血腫を除去・洗浄し(血腫洗浄術)、管(ドレーンチューブ)を血腫をとりのぞいた後のすきま(血腫腔)に入れて術後に溜まってくる出血や洗浄液を外へ排出させる(血腫腔ドレナージ術)の3段階よりなっています。
一般に慢性硬膜下血腫の手術は局所麻酔で行い全身麻酔の必要はありません。CTで血腫が厚いと思われる部分の上で、かつ筋肉やおでこに切り込まない等を考えて、孔をあける場所を決めます。

図1 馬蹄型頭台への頭の固定と血腫の構造




頭の皮膚をあらかじめ印をつけておいた線に沿って、メスで3-4cmまっすぐに切ります。手廻しドリル(1番から3番まであり、この順番で使います)を使い、親指の爪ぐらいの大きさの穴をあけます(穿頭術、図2)。

図2皮膚切開と穿頭 

硬膜を硬膜フックで軽く持ち上げて、スピッツメス(11番メス:先がとがっているメス)で十文字型に切開すると、赤黒い血腫外膜が見えます。血腫外膜を切ると、慢性硬膜下血腫が流れ出ます。血腫腔に管(ドレーンチューブ)をいろいろな方向(後頭方向、頭頂方向、前頭方向、側頭方向等)に入れて、常温の生理食塩水でよく洗浄します(血腫腔洗浄術。図3)。洗浄液が透明になったら洗浄は終了です。管の先端を血腫腔(前頭方向に入れることが多い)に入れ、皮膚に糸で固定します。

図3 硬膜切開と血腫腔洗浄

皮下組織を縫い合わせ、皮膚を糸もしくはホッチキスで留めて手術は終了です。ドレーンチューブはドレーンバッグにつないで手術後1-2日間血腫を出します(血腫腔ドレナージ、図4)。

図4 血腫腔内ドレーンの固定と閉創

手術後は頭をベッドと同じ高さ(水平位)に保ち、ベッドの高さでドレーンチューブよりたまっている血や水をドレーンバッグの中に出します(手術後、血腫腔が小さくなればなるほど再発しにくくなります)。脱水になると脳脊髄液量が少なくなりまた脳の容積も減少すると考えられるため、術後はやや多めに水を飲んだり、点滴をします。慢性硬膜下血腫になる患者さんはお年寄りでもともと認知症があることも多く、ドレーンチューブや点滴を自分で抜いたり手術直後に歩行しないよう、厳重に監視をしなければならないこともあります。

合併症:慢性硬膜下血腫を以上のように治療しても、脳萎縮が強い人(頭の骨と脳の隙間が広い人)の場合はその後1週間から数か月で再発してくる場合があります。手術した慢性硬膜下血腫のうち、約10%はCT等で再発と診断され、そのうち約5%は再手術が必要です。再発し、症状が再び出た場合は、同じ手術を繰り返すことになりますが、その場合は、ドレナージの期間を長くすることが多いようです(ただし3、4日程度)。2-3回手術をしても再発する場合は、血腫腔より腹腔に血液を導く手術(血腫腔-腹腔シャント術)を行うこともありますが全身麻酔が必要となるため、高齢者や心臓の弱い等の全身状態が優れない人にはおすすめできません。その場合は、なおるまで穿頭ドレナージ術を繰り返すことになりますがそういったケースは稀です(1回の手術では治癒率95%でも、2回手術を行えば治癒率は99%程度まで上がります)。手術の合併症としてその他に、圧迫された脳が戻って血液の流れがよくなり逆に脳内出血がおこること、ドレーンでの洗浄中に脳表に管が当たって出血すること、傷の感染や薬のアレルギーなどが挙げられます。

Q慢性硬膜下血腫はどのくらい経って症状は出てくるのですか?
A慢性硬膜下血腫は、60歳以上の高齢者に多く、頭部外傷後1か月から6か月経って見当識障害、尿失禁、歩行障害、手足のまひ等の神経症状で発症します。(エビデンスレベルⅠ)
●慢性硬膜下血腫は、比較的高齢(60歳以上)の軽微な頭部外傷後に生じることが多い外傷性疾患です。高齢者の萎縮脳では、軽い外傷でも頭蓋骨の中で脳が動き、脳表面のくも膜が引っ張られて裂けやすくなります。脳表のクモ膜が裂けて、脳脊髄液が表面にたまった状態のことを硬膜下水腫と言っています。この状態では普通は無症状ですが、本来は流れていないところに脳脊髄液が存在するため、生体の免疫機構がはたらき脳脊髄液の表面に膜を作ります。この脳脊髄液の表面をおおう膜(血腫被膜と言います)に毛細血管が発達し、じわじわと出血してきます。こうしてできた血腫が脳を圧迫すると神経症状が出てきます。若年者の頭部外傷後にも見られることがありますが稀です。若い人の慢性硬膜下血腫は頭蓋内圧亢進症状=ひどい頭痛、嘔吐で発症します。
●髄液が硬膜下腔にたまって血腫被膜が生じてそれから出血するため、外傷後2-3週間では硬膜下水腫ができることはあっても、症状が出るような厚い慢性硬膜下血腫ができることはありません。慢性硬膜下血腫による症状が出るのは早くても頭部外傷後3週間以降です(頭部外傷の慢性期)。半年以上経ってから症状が出ることもありますが、一般的には慢性硬膜下血腫による症状が出るのは頭部外傷後はやくて3週間、おそくとも半年以内と考えていていいでしょう。半年以上たつと(仮に手術をしなくても)徐々に慢性硬膜下血腫は縮小し、1年以内に自然になおることが多いとされます。ただし神経症状が出たのに手術をしなければ、かりに1年後には治癒していたとしても後遺症が残りますので、頭部CTの所見で慢性硬膜下血腫により明らかに脳がつぶされていて、それに伴う神経症状が見られる場合は手術を行います(たとえ高齢であってももともと元気で慢性硬膜下血腫により症状がでたことが明らかな場合は、簡単な手術で治すことができるため手術を受けることをお勧めします)。
●なお、慢性硬膜下血腫により認知症が進んだり、麻痺を出したりと悪い面が目につきますが、脳委縮が強い高齢者の脳にちょうどいい量の慢性硬膜下血腫があれば、脳の動きが制限されるため、硬膜下血腫などの重症の外傷が生じにくくなり、見方によっては脳を保護する生体の防御機構と言えなくもないのです。よって薄い慢性硬膜下血腫が見つかったとしてもそれに伴う神経症状がない場合は手術をしないで様子を見ます。

図1-4慢性硬膜下血腫の頭部CT所見の4つのバリエーション
慢性硬膜下血腫は経過中頭部CTでの見え方が変化していきます。 最初は血腫は均一な灰色に見えます(均質型)。その後内膜が白く目立つようになり(内膜肥厚型)、次いで上澄みと沈殿した血腫が分離した状態になり(層形成型)、末期には骨と内膜の間に多数の線維性の梁が目立つようになり(隔壁形成型)、縮小していきます。このような経過を知っておくと、患者さんの慢性硬膜下血腫がなおりやすいのか、なおりにくいのかを推定することができます。
図1慢性硬膜下血腫第1期 均質型 

図2慢性硬膜下血腫第2期 内膜肥厚型

図3慢性硬膜下血腫第3期 層形成型

図4慢性硬膜下血腫第4期 隔壁形成型



Q慢性硬膜下血腫の治療について教えてください。手術後水平にするのはなぜですか?
A慢性硬膜下血腫は穿頭血腫洗浄ドレナージ術により治療します。手術後は頭をベッドと同じ高さ(水平位)に保ち、ベッドの高さでドレーンチューブを開いてつなげたバッグの中に排液し、できるだけたまっている血や水を頭の外へ出して治りやすくします。(エビデンスレベルⅡ)
●手術中ドレーンチューブを、あけた骨孔の前、後、上、下のどちらの方向に入れておくのがいいかについては、実際の治療での検証の結果は、骨孔の前(血腫の前頭部側)にドレーンチューブを入れて、手術中にたまった空気を除いた方が脳の戻りが良く、なおりやすいということがわかってきました。この結果とさらに後頭部、前頭部どこに血液が多いかを手術前にCTで検討し患者さんごとにドレーンチューブの位置を決めなければなりません。

図1-4慢性硬膜下血腫の手術前と手術後のCT
図1手術前(右慢性硬膜下血腫により脳が変形している)

図2手術直後(ドレーンチューブが見える)

図3手術後1週間 (まだ硬膜下腔は広い)

図4手術1ヶ月後 (慢性硬膜下血腫の再発は見られない)


また、2019年9月3日認知症疾患医療センターの第一回事例検討会で、三井記念病院で治療した190例の慢性硬膜下血腫の認知症・高次脳機能障害の分析結果を講演しましたが、その時使用したスライドもご覧いただけます。LinkIcon治る認知症 慢性硬膜下血腫の病態と三井記念病院における治療実績