頭の外の血管を頭の中の血管にバイパスする手術は、脳血流検査で脳血流の予備能がない部分に行えば、その後の脳梗塞を予防する効果があることが日本の共同研究で証明されました。実際の手術例は「自己紹介」をご参照ください。 自己紹介 バイパス術症例 日本の共同研究で浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術に脳梗塞予防効果があると証明されるに至るまでの経緯をこのページで簡単に説明します。 内頸動脈や中大脳動脈という脳の前半分に血液を送る動脈が、動脈硬化がすすんで細くなり、完全に詰まってしまうことがあります。血管が詰まって完全に脳梗塞になればそれからでは手遅れですが、完全に詰まる前に前触れの症状がでることがあり、その段階で治療を行えば、大きな脳梗塞を防ぐことができます。一過性脳虚血性発作(TIA: tranjient ischemic attack)とは脳虚血による神経症状が出て1日以内に完全になおることをいいますが、TIAを繰り返す場合、浅側頭動脈という頭の皮膚の中の動脈をはがして、頭の中の中大脳動脈につなげると脳梗塞になるのをふせぐことができます(浅側頭動脈ー中大脳動脈吻合術)。この手術は1967年にスイスのチューリッヒ大学のヤサジル教授がはじめ、世界中に普及しました。 しかし1985年にバーネットらにより発表されたイギリス、アメリカ、カナダ、日本、西ドイツ、イタリア、スペインの多施設共同研究の結果は(資料1参照)、この手術を行っていた当時の脳神経外科医に衝撃を与えました。内頸動脈、中大脳動脈の狭窄あるいは閉塞にたいし、浅側頭動脈ー中大脳動脈吻合術は最良の内科的治療法と比べ脳卒中による死亡を少なくさせることはないという結果だったからです。この手術を行うのは無責任であり、不正療法であるという厳しい意見が聞かれるようになり行われなくなりました。 しかしバーネットらの研究は、血行力学的脳虚血(脳血流予備能がない部分に脳梗塞をおこすこと)を予防するかは調べていません。バイパス術は血行力学的脳虚血による脳梗塞の再発を予防するものであり、その他の機序による脳梗塞は予防しません。 脳血流検査(SPECT:single photon emission CT)は、血管拡張物質であるアセタゾラミド(ダイアモックス)を注射前後で脳血流がどれぐらい増えるかをみることで血行力学的脳虚血が診断できます。よって脳の血流に余力がない部分をこの方法で判断して、そこに浅側頭動脈ー中大脳動脈吻合術を行えば、脳梗塞を予防できるのではないかと考えられます。 日本脳神経外科学会ではこの考えのもとに前向き無作為抽出試験を他施設共同研究として行いました(Japanese EC-IC bypass Trial:JET )。内頸動脈あるいは中大脳動脈の閉塞症もしくは重度狭窄症の患者さんで、①脳循環の測定を定量的に高い精度で行い、血行力学的脳虚血を有する患者のみを対象とし、②対象を薬物療法のみの群あるいは薬物療法+バイパス術の群のいずれかに無作為に割り付け、2年間追跡し、脳梗塞発作がどちらで多いか調べました。この研究は1998年に開始され、2004年に終了し、最終結果が出ました。結論は、内頚動脈あるいは中大脳動脈の閉塞もしくは重度狭窄があるが、神経症状がないか軽度の患者のうち、脳血流検査で安静時脳血流量が基準値の80%未満かつ脳循環予備脳が10%未満のものは、浅側頭動脈- 中大脳動脈吻合術を行うとその後の脳梗塞発生率が内科治療単独群と比べて有意に少ないとういう結果でした。この結果を受けて日本では手術適応があると考えられる場合に浅側頭動脈ー中大脳動脈吻合術は再び行われるようになっています(資料2参照)。 ただし、この結果は現在に至るまで権威ある医学雑誌に受諾されておらず、日本以外ではバイパス術は脳虚血の予防法としては行われていないようです。三井記念病院でも厳密な手術適応基準(安静時脳血流量が正常基準値の80%未満かつアセタゾラミド負荷後脳血流量が負荷前とくらべて10%未満の増加率)を満たすもののみ、バイパス(浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術)を行っています。 (資料1) EC/IC Bypass Study Group: Failure of extracranial-intracranial arterial bypass to reduce the risk of ischemic stroke: results of an international randomized study. N. Eng. J. Med., 313: 1191-1200, 1985 (資料2) JET Study Group.Japanese EC-IC Bypass Trial(JET Study) 中間解析結果(第二報).脳卒中の外科 2002;30:434-437